木幡の幡祭り・参宿所・木幡山隠津島神社公式ホームページ

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◇指  定◇ 昭和51年

二本松藩主丹羽長貴公の命により、寛政元年(1789年)造営始めとなり、拝殿は寛政6年(1794年)5月竣功、本殿は寛政12年(1800年)4月に竣工となり遷宮を行なった。
様式は流れ作り、現在の屋根は昭和27年に本殿、昭和47年に拝殿の銅板葺替を行なった。

 


◇指  定◇ 昭和30年

室町時代の文明4年(1472年)に建立されたが、天正年間伊達正宗の兵火によって全山炎上した際、三重塔だけが残った。延宝2年(1674年)二本松藩主丹羽光重公により修復されたが、明治35年の大暴風雨のため第一層を残して倒壊し大修理したものが現存している。本県遺存の塔は少なく会津高田の「法用寺」いわき市勿来の「高倉寺」と当社の3基がある。

 


◇指  定◇ 昭和16年
◇推定樹齢◇ 800年
◇根本周囲◇ 16.20m
◇目通幹囲◇ 9.33m
◇樹  高◇ 20m

最近、幹内の腐食がすすみ、大きな空洞となっていることが発見され倒壊寸前のため10数本の支柱が取り付けられた。


 
在りし日の一の鳥居の大松

平成24年4月3日の暴風により、
一の鳥居大松は倒壊してしまいました。

◇指  定◇ 昭和51年
◇根本幹囲◇ 5.2m
◇目通幹囲◇ 3.6m
◇樹  高◇ 19.7m

現在の一の鳥居は、文政元年(1818年)9月に建立されたもので、本柱は当時のものであるが袖柱は二度とりかえられている。この松は鳥居建立の記念に植樹されたもので、樹齢ははっきりしていないが約400年くらいと推定される。
平成17年1月に南側の枝が三分の二が大雪により折損してしまいました。


鐘楼


◇指 定◇ 昭和51年
◇制作時代◇明暦4年(1655年)
◇寄 進 者◇ 二本松藩主 丹羽光重公
◇鋳工者◇ 安積郡部谷田(現、郡山市日和)田小野口正守ほか12名

この銅鐘は総高130cm双頭の龍頭があり、乳の間4面には各4列4個の乳があって、乳の間には銘文が刻まれ草の間に4条の隆線、下帯に簡素な唐草模様がある。
駒の爪は厚さ7cmやや大型に属する銅鐘で
重量1125kg(約300貫)といわれ、信者の尊い浄財によって鋳造されたものである。


 
 

木幡山の三十三観音は、一坪ほどの自然石の平面上に、凹線彫りで描かれており第一の千手観音を初め33体の観音様が全山各所に安置されている。
遊歩道があるのは神社境内地だけであるが、それらを参拝して歩けるようにと昭和52年に完成された。

 

 

 


◇指  定◇ 昭和54年

 指定された経塚は、末法思想が盛んだった平安末期にお経を埋めたところで、木幡山の尾根に一線上に経塚6基が並んでおります。
木幡山より出土したといわれる経筒が奈良の国立博物館に展示されたことがあり現存している。藤原時代12世紀の経塚とみられ県内でも貴重なものである。

◇指  定◇ 昭和30年

 この山は県下第一の美林と言ってよいほどであり、山上には天然記念物の大杉をはじめ、県指定の三重塔や本社、末社、社務所などの建造物がある。
また、樹齢100年から300年を超す杉や松が生い繁っており、自然の美しさを残し古えを偲ばせている。そのため近年になってこの美林を永久に保存するため「保健保安林」に認定された。

   
 
奥の細道自然遊歩道「木幡・島山道」

昭和46年に奥の細道自然歩道として開設された木幡・島山道は、体力づくり、人間性回復の場として一躍脚光を浴び、最近は自然を求めて訪れる人達でにぎわっている。
 
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古風で味わいのある神社の参宿所です。 参拝者の宿泊や休憩のほか、普通の宿としてご利用できます。合宿や研修会などさまざまな用途にご利用可能です。

「木幡の幡祭り」は950年の歴史と伝統があり「日本三大旗祭り」の一つとされ、国の重要無形民俗文化財に指定されています。

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