HOME>
当社は、神護景雲3年(769年)に宗像の三女神を御祭神として勧請された。 大同年間(906年)には、平城天皇の勅願によって弁天堂が建てられ、神仏混淆の社となり、後世には木幡の弁天様と呼ばれ庶民に親しまれるようになった。 天正13年(1585年)伊達正宗の兵火により全山炎上、本社・末社悉く焼土となりしも藩主や庶民の信仰厚く、再建された。 明治に至っては初年の神仏分離令によって、別当治陸寺を廃し、厳島神社と称し、明治35年神社名を復旧、隠津島神社と改称、明治40年県社に列した。 後の大東亜戦争終結後 神道指令によって宗教法人「隠津島神社」として届出、社格(元県社)解消となったが、今日現在においても平和・招福・知恵・縁結びの神と広く深く信仰されている。